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~土用の丑の日に寄せて~

【所長日記】ウナギの不思議を知るともっと美味しい

~土用の丑の日に寄せて~

みどりのまちづくりセンター所長小場瀬令二 みどりのまちづくりセンター所長 小場瀬令二 2016.08.16

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土用の丑の日になるとウナギの蒲焼が輝いて見える

<土用の丑の日にウナギを食べてるプロモーションをしたのはエレキテルの方>
 暑い夏になると、暑さに負けないようにウナギが食べたくなる。実際ウナギの蒲焼は、それだけの栄
養価が高そうだ。ウナギを土用の暑いときに食べようというプロモーションをしたのは、かの有名なエ
レキテルの「平賀源内」と言われている。江戸時代中期に活躍した彼は、発明家だけでなく、本草学者
(神仙思想から薬草を研究)、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭
画家(西洋画の技法を取り入れた日本画、彼は独学でマスターした。欄画としては、解体新書の扉絵な
どが有名であるが、彼が紹介した小田野直武の筆による)といった多彩な才能の持ち主であった。その
彼がウナギ屋さんのために「本日土用丑の日」と店頭に看板を掲げた所、大繁盛になったという話で、
彼がこの風習を広めたとされる。(発祥は大伴家持だという説もあるが)。今日の我々は、未だにその
看板に引き寄せられている訳である。

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平賀源内:彼は多彩な才能の持ち主で、土用のウナギのプロモーションを行った張本人だといわれている
ウィキペディアより

<ウナギを知るとウナギが愛おしく食べられる!?>
 「ウナギは高い」というのが私の実感である。何とか美味しいウナギを安い値段で食べられないもの
かと、ウナギに関する本を読み、庶民の味方の「安いウナギ屋」はないものかとインターネットをサー
フィンしてみたら、ウナギの不思議にたどりついた。東京大学海洋研究所の塚本勝巳教授の本「世界で
一番詳しいウナギの話」(飛鳥新社)を読んでみたら、ともかく面白い。この本を読んだからと言っ
て、ウナギを食べたいという食欲は満たせないが、ウナギ屋のお店の前で、蒲焼を焼く煙を嗅ぎなが
ら、ウナギに関する知識を満喫する程度のことは出来るかもしれない。なんだか、「武士は食わねど高
楊枝」の感じだがーー。(蛇足だが、これを英語で言うと『Better go to bed supperless than rise
in debt.』(借金を背負って起きているくらいなら、夕飯抜きで寝るほうが良い)だそうである)。付
け加えて蛇足だが、ウナギ屋さんが蒲焼を焼く時、団扇で扇ぐのは、あの食欲をそそる煙を通行人に振
り掛けて、入店を促すためかと思っていたが、それに加えて、ウナギの脂が煙になって、蒲焼に付きす
ぎると美味しくなくなるので、扇いでいるそうです。

<かのアリストテレスは「ウナギは泥から生まれ、ミミズが大きくなったもの」と妄想した?>
 古代ギリシャ時代にもウナギは非常に愛されていた。しかし、「万学の祖」であるアリストテレスで
さえも、動物誌の第6巻の「ウナギの異常な発生」という中の16章で「ウナギは泥から自然発生する珍
しい生物だ」と結論づけるほど、どこから生まれてきて、成長するのかは分かっていなかった。かの哲
学者は何と「ウナギはミミズが大きくなったもの」と妄想していたのである(やや、ウナギへの食欲を
減退させる妄想だが)。確かに、ミミズは泥から自然発生しているように見えるし、巨大なミミズは、
ウナギに形は似ている。

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 上の図版はラファエロが描いた有名な「アテネ学問の殿堂」である。その正面にアリストテレスが描
かれている。この絵を見て、この「万学の祖」は、ウナギについて妄想をかき立てられいる様に違いな
いと思い込んだ私は、殿堂に参集した学究がウナギにどんな考えを持っていたか、妄想をかき立てられ
書き加えてみた(画像はウィキペディア「アテナイの学堂」より)。

<「ウナギの卵と子供の発見」は「世紀の発見」ではなくて、「アリストテレス以来の発見」だ>
 先述した塚本先生、40年間にわたってウナギの卵や子供(ウナギの生活史を正確に言うならば、卵→
プレレプトセファルス→レプトセファルス→シラスウナギ→クロコ→黄色ウナギ→銀ウナギ=親ウナギ
で蒲焼になる)を大海の中で探し回っているのだが、それらを探しだすのは並大抵の努力ではない。何
しろ2ミリ弱の大きさのウナギの卵に産卵場所で遭遇した人は、2009年までこの先生以外、歴史上いな
かったのである。また数ミリのウナギの子供についても同様である。
 人間は、約2400年以上にわたって、これらを大海の中に探し求めて続けてきたのだ。この本によれば、日本ウナギの場合は、日本から2000km程度離れた、真南にあるマリアナ諸島沖の海山である海で、オスとメスが集まり、繁殖をするのである。卵から孵化して、ウナギの子供になり、マリアナ海峡あたりから、北赤道海流(マリアナ海溝→フィリピンの方に流れている)に乗り、さらにフィリピン沖で海流を乗り換えて、黒潮に乗って日本にたどり着いて頂くのである(ヤシの実の話と似ている)。河口のところで、ウナギの稚魚であるシラスウナギになり、川を遡上して、大きくなる。何年か川なり、沼地ですごし、満を持して、海に下り、またマリアナ海溝に繁殖のために向かうのである。

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ウナギの一生(水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」より)


<今ウナギを食べられるのは、パンゲア大陸の移動と分裂のお蔭!?>
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2億5000万年前の頃から2億年前の頃パンゲア大陸は1つにまとまっていた。
2億年前になると分裂を始め、ジブラルタル海峡当たりとスエズ運河当たりも通って、
古環赤道海流に乗ってウナギはパラオあたりから、サルガッソ海まで流れていた。

 ウナギの祖先が地上に出現したのは、2億5000万年前で、地球上の大陸はパンゲア大陸で1つにまと
まっていた。この時代にウナギの祖先はパラオあたりで発生した。その後、地球規模の大環境変動あ
り、2億年前にパンゲアの大陸は分裂初め、今のユーラシア大陸とアフリカ大陸が離れ離ればなれな
り、スエズ運河当たりやジブラルタル海峡当たりも海を経由して通過可能となった。なお、このパン
ゲア大陸の移動時代、生物の9割が死滅した。逆に、恐竜が出現した時代でもある。ウナギはパラオ
の深海で静かに生きながらえていたのだ(ウナギはシーラカンスと同様「深海の生きた化石」なの
だ)。また、幸運なことに、パラオの方からスエズ運河当たりやジブラルタル海峡当たりを通って
大西洋の方に、「古環赤道海流」が流れていて、ウナギの祖先は、海流に乗って、大西洋の真ん中
のバミューダトライアングル(船の死の三角地帯)を含むサルガッソ海に流れ着き、繁殖の域を広
げた。そこで繁殖したウナギの子供は海流に乗って、ヨーロッパの河川や、アメリカの河川に、白
ウナギとして流れて行っているのである。その後、大陸はさらに移動して、ジブラルタル海峡当た
りは狭まり、スエズ運河当たりの部分は、アフリカとユーラシア大陸は陸続きとなり、日本ウナギ
とヨーロッパウナギは別々の進化を遂げた。今日、そのヨーロッパウナギのシラスウナギを、捕獲
して中国に空輸して、養殖して、日本まで持ってきて、我々の食卓の蒲焼になるわけである(フー
ド・マイレージが長く、ウナギは高い訳だ)。我々が今蒲焼を食べられるのは、大げさに言えば、
2億年前のこのパンゲアの大陸の大移動と分裂のお蔭なのである。

<愕然とする現実>
 スーパーで購入可能なウナギは、日本の産のウナギだと表示されているが、どう考えてもそんなこと
はないだろう。調べてみて唖然としたのは、日本でのウナギの漁業生産量は最盛期の1/3以下、養殖生
産量は最盛期の1/2以下、輸入量は最盛期の1/4以下、供給量は最盛期の1/3以下である。日本における
ウナギの消費が少ないことは分かったが、今や日本ウナギは2013年2月に日本の環境省のレッドリスト
で絶滅危惧種に指定されている。2014年6月に世界の科学者で組織する国際自然保護連合(IUCN)
は、絶滅の恐れのある野生生物に指定する中に「ニホンウナギ」を加えた。
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(水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について」より)リンク先(PDF)

 そこで、中国で養殖したものを輸入して日本人のウナギ食欲を満たしているのだ。しかし、中国自体
でもウナギなりシラスウナギの確保が難しく、ついにはポルトガルなどで捕獲されているヨーロッパシ
ラスウナギが鳥のように空を飛んで中国にたどり着いているのである。なお、ウナギが空を飛ぶときは
飛行機が必要だが、陸上では、湿った場所ならば2,3日であれば歩いて移動できるそうである。

<レッドリスト入りか?>
 しかし、世界のレッドリスト入りすると、ヨーロッパウナギも中国に空輸することが出来なくなって
しまう。「万事窮す」である。そのうちにウナギもクジラの肉と同じような、世界的な論争の的になる
かもしれない。「ウナギを食べるのは野蛮だ」とか「イギリス人は牛肉を食べているではないか」、
「ウナギは魚の中では知能が高く、人間の友達だ」、「ウナギは日本文化の中心的食材だ」、「ウナギ
の資源調査のための捕獲は国際的に認められた行為だ」、「実際は商業捕獲と変わらないのではない
か」、「ウナギの頭を串刺しにして、包丁で背を切るのは、動物福祉の観点からいかがなものか。ウナ
ギは悲しい顔をするではないか」等々、際限ない議論になりそうだが―――。
ウナギが食べられるのも、この数年かもしれない。今のところ、完全養殖は難しいらしい。

 せめて、ウナギの不思議に思いを巡らしながら、一口づつ、味わって食べることにしよう。ウナギが
博物館の中で、「生きた化石」として展示される時代が来るかもしれない。「昔の人は絶滅危惧種を、
食糧にしていました。」なんて、説明が流れると、子供が「キャー、気持ちの悪いものを昔の日本人は
食べてたのね??」、親は「――――」。(確かに今我々は、どんなにシーラカンスが美味しいからと
言って、食べようとは思いませんよね――――。)