まちづくりで人は死なない?
投稿日:2008/01/16(水)
カテゴリ:所長の日記
今年も阪神淡路大震災の記念日がめぐってきました。まがりなりにもまちづくりに携わる者の端くれとしては、やはり忘れられない、忘れてはいけない日だと感じます。

まだ社会人になったばかりの駆け出しの頃のこと、深夜に都市計画事務所の同僚と「帰りたいなあ、しんどい仕事だよなあ」なんて愚痴をこぼしあいつつ並んでワープロ(!)を打っていたときのこと。彼曰く「でもさあ、ウチのカミさんには あんたの仕事はいいわよね、ヘマしたって人が死ぬわけじゃないし って、言われちゃうんだよ」 そう、彼の奥さんは看護婦でしたので、ボクも「そりゃもっともだ、人が死ぬわけじゃないもんなあ」と、他愛無く笑って答えたのでした。
それから程なくして阪神淡路大震災が起こり、6434人もの人たちが亡くなりました。都市のインフラの脆弱さなど、近代的な都市や建築の無力さを思い知らされもしましたが、防災も考慮して道路や公園を計画的に整備したまちでは、その効果が発揮され比較的軽い被害で済んだり、古い木造住宅が密集した防災上危険とされる地区でも、住民の皆さんが日ごろから地道にまちづくりに取り組んできたところでは、被害を最小限に食い止められたり、その後の避難生活や復興まちづくりの中で、まちづくりで培われたコミュニティの力が発揮されたり、まちづくりが被害程度やその後のまちの立ち直りを大きく左右する例も多数ありました。
まちづくりが間違ったり不十分であったり、間に合わなかったために、死ななくても済んだかも知れない人が亡くなることもあるかもしれない。「人が死ぬわけじゃない」と笑った浅はかさを、震災は思い知らせてくれたのでした。
あれから早13年ですが、今でも地震直後の現地で見た荒涼とした光景や、ガスや瓦礫の匂い、亡くなった方に手向けられた小さな花束などが、鮮明に思い出されます。あまり考えたくはないことですが、いま練馬で大きな地震が起きたら、どんな被害が出るのか、まちや暮らしに何が起きるのか、年に1度くらいは、イメージしてみてください。そして、ただ恐れるのではなくて、できることは何か、我が事としてそれぞれ考えてみていただきたいなと思います。それが防災の第一歩になるように思います。



