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【所長日記】平和台・氷川台の昭和の地上絵の解明 ―目から鱗が落ちるー

練馬まちづくりセンター所長小場瀬令二 練馬まちづくりセンター所長 小場瀬令二 2016.01.28

<練馬にも謎の地上絵が>
1936年にポール・コソック博士により発見されたのが、ペルーにあるナスカの地上絵。空から見ないと何が描かれているのか分からないこの地上絵は、多くの謎に包まれている(図-1. ナスカ地上絵のハチドリ)。

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図-1. ナスカの地上絵ハチドリ(ウィキペディアより引用)

この手の謎に対して、UFOの発着基地だという説も昔から主張されて来た。このナスカの地上絵に比較すると、スケールや謎めいた感じも不十分だが、練馬の平和台・氷川台の「昭和の地上絵」(練馬まちづくりセンターが発行している地域情報紙「こもれび」第53号の平和台特集の折に命名)も、誰が、何のために、このような同心円道路網パターンしたのか、ややオカルト的興味もわく。昭和22年に米軍が日本中の空中写真を撮影した時も、きっと米軍の担当者は「日本にも不思議な地上絵があります」と本国に報告していたに違いないと、私は妄想をたくましくしている。そして、その報告を当時のCIA長官が国家重要秘密情報として公表することを、握りつぶしたに違いないとーーー(図-2.練馬区平和台・氷川台の昭和の地上絵)。

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図-2.練馬区平和台・氷川台の昭和の地上絵(昭和22年の米軍の航空写真)

 <同心円住宅地のルーツを想像する>
「こもれび」で平和台特集をした時に、この平和台・氷川台の同心円の道路パターンについては、誰が、どのような目的で、計画したのか、色々と推考し、資料も調べ廻った。この同心円住宅地として参考にしたであろう住宅地としてすぐ思いつくのは、田園調布住宅地(図-3.田園調布の航空写真)である。田園住宅地として開発され、同心円の中心には駅が配置され、駅前広場もあったりして、ちょっと西欧的な感じ。平和台・氷川台の住宅地が計画されたのは、田園調布住宅地が開発された後なので、これらを真似て計画したことは十分ありうるだろう。但し、平和台・氷川台の住宅地では同心円の中心に駅も広場もないのだが??
ところで、この同心円型田園都市住宅地のルーツと考えられるのが、イギリスのハワードが提唱した「田園都市」の模式図である(図-4.ハワードが提唱した田園都市の模式図)

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図-3.田園調布の航空写真(1932年)
  
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図-4.ハワードが提唱した田園都市の模式図

<更に同心円都市のルーツを探求>
ではさらに、ハワードは何を参考にしてこの田園都市の模式図を描いたのだろうか?
連想で思いつく同心円都市として歴史上有名なのは、ルネッサンス時期に整備された「理想都市パルマノバ」がある。大砲の威力が増して、中世に見られた垂直で高い城壁では、十分な防衛が出来なくなってきたので、新しい城壁計画が出現したのだ。同心円と星形を組合わせた都市パターンが計画された。なお、このパルマノバ都市では、星形の城壁をもち、同心円の道路網となり、中心に広場がある。(図-5 パルマノバの模式図)

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図-5. パルマノバ(Palmanova)の模式図、 イタリア、パルマノバ市の17世紀の地図。(1593年に建設され、現存している)
 近世になっても、同心円都市は色々な場所で計画された。その中でも有名なのは、1913年に国際コンペで選ばれて計画された、オーストラリアの首都キャンベラがある。円形や八角形の同心円を多用しながら、三権分立などを象徴的に空間化している(図-6. オーストラリア首都のキャンベラの計画図)。

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図-6.オーストラリアの首都キャンベラの計画図

この計画を担当したのは、シカゴの建築家であるウォルター・バーリー・グリフィンとその奥さん。この夫婦は理想都市の計画に燃えたに違いないが、色々反対論があり、横やりが入り、さんざん苦労して、挙句の果てには首になったらしい。理想を実現化するのは、やはり難しいようである。
<平和台・氷川台の同心円道路パターンの解明>
さて、では練馬の平和台・氷川台の同心円道路パターンは誰がどのような理想に燃えて計画したのか??区画整理の計画立案から施行時期が丁度太平洋戦争中だったためか、事業誌は今のところ発見できていない。等々をブログに書いていたら、何とそれを読んでくださった都市計画家の方がおられ、その方のブログで「そんな簡単なことが分かってないのか!!」と笑われた。往々にして「手品の種」が大変シンプルなのと同様に、その種明かしかも極め
てシンプル。正しく「目から鱗が落ちる」とはこのことであると。平和台・氷川台の区画整理は昭和14年頃から開始されたが、その前の昭和2年に東京全体の幹線道路計画が決定され、当該地にも都市計画道路が計画されている。また、昭和5年から12年にかけて、その幹線道路の間を、更に細かく埋める準幹線道路が都市計画(細道路網計画)決定されている。
(図-7練馬第二土地区画整理組合図面を参照)

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図‐7.練馬第二土地区画整理組合図面(昭和14(1939)年/練馬区石神井公園ふるさと文化館蔵)をもとに作成

平和台・氷川台地区では、川越街道や東武線の関係で、これらの都市計画道路は方位(東西南北)に対して約45度程度傾くことになっている(図-8.区画整理前の逓信省の地図参照)。

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図-8.区画整理前の逓信省の地図(明治42年)

幹線道路が、方位とあまりずれていない地区では、区画整理事業で生活道路を計画する場合、生活道路は、幹線道路とずれることなく、グリッド状に配置するのが一般的である(図-9.の一般パターン)。敷地の形状も四角となり、形状の悪い敷地も少なく、方位とずれておらず、不動産の売却上好都合と言われている。それに対して、幹線道路が方位に対して45度傾いている地区では、区画整理による生活道路や敷地の配置の方法は大きく2つあろう。一つは幹線道路に合わせて、生活道路や敷地も45度傾けて、幹線道路に方向を合わせてしまう計画である(図-9.の45度パターン)。この場合は敷地が方位に対して45度程度傾くことになる。不動産の売却上は不利だと言われている。他方、幹線道路は方位に対して45度に傾いていても、生活道路や敷地は方位に合わせて計画するパターンもありうるだろう(図-9.の 45度と一般パターンの組合わせ)。この場合、幹線道路と生活道路の交差部に45度での道路接合が多数出現し、敷地形状としても具合が悪く、交差部の交通処理上も好ましくない。そこで、交差部については、短い区間だけ生活道路を方位に対して45度に傾けたのが、45度と一部工夫パターンである(図-9.の45度と一般の工夫パターン)。このパターンは、あたかも同心円型にまちを計画したように見える(図-9.の同心円と錯誤しやすいパターン)。つまり、私はこの同心円の錯誤に陥り、まさしく同心円として、この地区の道路網を認識しようとしていたのである。

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図-9. 幹線道路と方位のズレと生活道路の方位

この図-10.の平和台・氷川台地区の地図を見ると、赤丸の交差点を中心に同心円の道路パターンにどうしても見えてしまう!!

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図-10. 練馬区平和台・氷川台の住宅地の道路パターン

図10の道路パターンを、幹線道路とそれに沿った生活道路、方位に沿った生活道路を色分けして描いた道路網パターンが図-11.練馬区平和台・氷川台の幹線道路と生活道路図である。

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図-11. 練馬区平和台・氷川台の幹線道路と生活道路図

このように色分けした表示すると同心円道路網計画とは、まったく見えないのだ!!そして、生活道路の中で、幹線道路に近くかつ旧道がある部分については、旧道の位置を極力踏襲しようとしていることも分かる。(図-12.旧道と新道の重ねあわせ図)

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図-12. 旧道と新道の重ねあわせ図

 以上、同心円パターンの住宅地だと思い込んでいたら、単に幹線道路が傾いていながら、生活道路は傾けずに計画し、幹線道路との接合部だけ傾けていたに過ぎないということがお分かりになりましたでしょうか?いやはや、今回のブログは、私の勝手な思い込みの長々しい「申し訳」になってしまい、本当に申し訳ない。
<目から鱗>の蛇足
 「目から鱗」についての蛇足的説明。この言葉は中国の故事を由来とする言葉かと思っていたら、何と新約聖書に出てくる言葉だったとは。またまた「目から鱗」である。
『新約聖書』使徒行伝・第九章にある「The scales fall from one's eyes.」という言葉に基づく。
キリスト教を迫害していたサウロ(後のパウロ)の目が見えなくなったとき、イエス・キリストがキリスト教徒に語りかけ、サウロを助けるようにとキリスト教徒のアナニヤに指示した。そこでアナニヤがサウロの頭上に手を置くと、サウロは目が見えるようになり、このときサウロは「目から鱗のようなものが落ちた」と言ったそうである。これが「目から鱗が落ちる」の由来である。キリスト教を迫害していたサウロは改宗し後の聖パウロとなる。

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図-13. ピエトロ・ダ・コルトーナが1631年に描いた「パウロの回心」の絵(ウィキペディアより引用)

 これでまたまた驚嘆したのが、「鱗」のことを英語で「scale」というのも初めて知った。スケールというと、一番ポピュラーな訳語は「定規」とか「縮尺」とか「梯子」のことだとばかり思っていたが、何と「鱗」の意味もあるのか!? 更にその語源を詰めていくと、古期フランス語「殻」の意とか。これに関連して「scale」には「かさぶた」の意味や、「歯石」、「湯垢」の意味もある。更に、古期北欧語で「皿、おわん」のことだとか。この「皿やおわん」の関係で、天秤となり、更に天秤のアームの部分ということで定規になったらしい。定規から縮尺や梯子が更に連想されたらしい?!
下図は私の勝手な連想を図化したものである。
いやはや、何事も奥の奥があるものである。

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図-14.「目から鱗」の連想図